Column: 自由の再定義

自由への代償は「退屈」という名の地獄だった

「僕が、エレンに外の世界の話をしたから…。
だからエレンは地獄へ行くことになったんだ」

の時、アルミンが抱いた後悔の正体を、僕は今、痛いほどに理解している。借金300万という壁の中にいた頃、僕にとっての「外の世界」は、輝かしい希望そのものだった。しかし、いざ壁の外に出てみると、そこには想像もしなかった「静かなる地獄」が広がっていたのだ。

ギャンブラーにとって、平穏とはこれほどまでに残酷なものだったか。

壁の外で僕を待っていた「3つの絶望」

一、意味をなさない数字の蓄積
財布から数万円が消える、あのヒリつくような「熱」はもうない。通帳の数字はただ、無機質に積み上がっていく。かつて人生を賭けて燃やした情熱に比べれば、それは死ぬほど空虚な景色だ。

二、彩りを失った無限ループ
朝起き、働き、食べ、そして寝る。激熱演出も逆転の咆哮もない。脳汁に焼かれた僕らにとって、それは時が止まった監獄の廊下を歩き続けるようなものだ。

三、孤高ゆえの「せこい」というレッテル
借金がなくなり貯金ができた。ただそれだけで、支払いを渋れば「せこい」と囁かれる。かつて数万円を気前よくドブに捨てていた「豪胆な自分」はどこにもいない。

君たちは、この「退屈」という名の地獄に耐えられるだろうか。脳を焼くような快楽をすべて捨て、ただ「寝ている時間が一番幸せだ」という現実に自由を見いだせるだろうか。

この物語の結末は、僕にも分からない。僕が皆に、平穏という名の地獄を見せたいだけなのかもしれない。

自由を求める代償は、いつだって残酷だ。だが、この地獄の先でしか吸えない空気があることも、また事実なのだ。

結局のところ、僕たちは……

「みんな、何かに酔ってねぇと
やってらんなかったんだな……」

酒だったり、女だったり、神様だったり。一族だったり、王様だったり、夢だったり、子供だったり、力だったり。
そして、僕たちの場合は「パチンコ」だった。

依存症を辞めた僕は今、「平穏」という名の酒に酔っているだけなのかもしれない。だが、この酒は悪酔いしない。ただただ、深く、静かな眠りをくれるだけだ。

あとがきにかえて

この記事は『進撃の巨人』の比喩を用いた一種の「ネタ」ですが、同時に僕が辿り着いた「本質」でもあります。ギャンブルという強烈な依存を捨てた後に残る「空虚さ」を、僕は否定しません。しかし、その空虚さを受け入れた時、初めて人は自分の足で立ち、自分のために眠る権利を手に入れるのだと信じています。

※本記事は著者の個人的な体験と価値観に基づくコラムです。投資や依存症の克服に関する最終的な判断は、ご自身の責任において行ってください。

著者:カメ吉

投稿者 カメ吉@脱パチノート

運営者情報(このブログについて) 大学時代にパチンコに溺れ、奨学金を使い込み大学を中退。親を泣かせ、嘘を重ねるどん底の日々を経験しました。 その後、28歳で正社員として働き始めましたが、今度はボートレースにハマり、借金は最大300万円まで膨れ上がりました。何度も「もう辞める」と誓っては裏切るループを繰り返し、自分の意志だけではどうにもならない依存症の恐ろしさを身をもって知りました。 現在は、自分自身の経験と、YouTubeや書籍などで学んだ回復プログラムの知識を武器に、パチ禁・ノーギャンブルを継続中です。 【このブログで伝えたいこと】 私自身、かつては「忙しくすれば辞められる」と信じていました。しかし、学びを深める中で、依存症からの真の回復には「自助グループ」に代表されるような、孤独を埋めるコミュニティや正しい知識が不可欠であることを痛感しました。 このブログでは、300万円の借金から這い上がっている私のリアルな過程とともに、**「なぜ意志の力だけでは辞められないのか」「なぜ自助グループという考え方が最強の解決策なのか」**を、当事者の視点で紐解いていきます。 ギャンブルで苦しみ、誰にも言えない孤独を抱えている方が、一歩踏み出すためのきっかけになれば幸いです。

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