神は存在する。
「右手を見つめると神が見えてくる理論」を解説
「神様はどこにいるのか?」という問いに、私は一つの答えを持っています。
それは、あなたの目の前にある「右手」を見つめることから始まります。これは、認識と実在をめぐる一つの思考実験です。
今、自分の右手を見てください。これを「右手」と呼ぶのは、人間がそう名付けたからです。他の動物にとっては、ただ動く体の一部に過ぎません。人間が「右手」という概念を創り出し、言葉を与えた瞬間に、この世界に「右手」という実在が誕生しました。
形のないものも同じです。「愛」や「希望」はどうでしょう。それ自体に物理的な形はありません。しかし、私たちがその存在を信じ、言葉を与えた瞬間に、それは誰かの人生を救い、世界を動かす「実在する力」になります。神様という存在も、これと全く同じ仕組みでこの世に現れます。
「神なんていない」と断言する人は、自分の外側にある物理的な証拠ばかりを探しています。でも、神様は道端に落ちている石ころではありません。信じている人にとっては、自分の内側から湧き上がる確信や、生きる指針そのものが神様なのです。
いないと言う人は、単に自分の心(宇宙)の中にその席を用意していないだけ。自分の世界に「いない」からといって、すべてにおいて「存在しない」ことにはなりません。
たとえあなたの心の中に神がいなくても、この世界の誰か一人の心の中に「神」が宿り、その人の人生を支えているのであれば、それはもう、この宇宙において「実在する力」として機能しています。
「自分の中にいない」ことは、単なる個人の欠如に過ぎませんが、「誰かの中にあり、現実に影響を与えている」ことは、動かしようのない実在の証明なのです。
あなたが「右手」を右手と呼ぶように、誰かがその力を「神」と呼ぶとき、神は確かにそこに存在しています。
